小説 [フーガ 遁走曲 / 白薔薇婦人が愛した庭 ] なつのまひる 著

1980年代のヨコハマを舞台に繰り広げられる物語

第六章 ボレロ

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      1


 捜査一課の山崎は、腕利きの刑事だ。数々の難事件を解決してきた切れ者だ。悪知恵の働く犯罪者達が考え抜いたトリックも、山崎の推理力を持ってすれば造作無い事だった。
 それなのに、昨夜の若い女性による通報に始まり、唐突な自白……。それによって、橋田病院の院長の死亡とも結びつき、事故でも片付けられそうだった事が、事件となった。
 いきなり事件が解決に向かおうとしている。すごく単純だった事に見えて、実はかなり不可解な事だった。何かに操られているかの様だ……。
 病院関係の不可解な事件については《中村さん》の正義の鉄槌が下されたのだという噂を聞いた事があるが、それには何の実証も無い。実証が無いのは、《中村さん》は決して現場に証拠は残さないからだという捕捉もあるが、単なるウワサと、山崎は取り合わないでいた。
 橋田病院の院長の死亡については、警察は事故、事件の両面で捜査していた。殺害動機を持つ者は複数いる。ただ現場には、殺人の痕跡が無かった。これを事故として片付けるとしても山崎は異論は無かった。ただ、そうなると一つの疑念が湧く。……《中村さん》の関与だ。

      *

「事故か事件か謎だった橋田病院の院長の死亡が、突然の犯人の自首によって、殺人事件である事が判明しました」
 義孝が刑事と共に警察署へ行ったその日の夜、早速TVで報道がされた。

 警察は、未だ取り調べの段階で、義孝を犯人と断定していない。しかし、たまたま警察に出入りしていたマスコミ関係者の一人が、捜査一課の刑事に連れられて車を降りた義孝を、目ざとく見つけていた。
「こんにちは」
 小さなカメラを片手に持ったその男は、刑事にとも、義孝に対してとも取れる挨拶をした。
「山崎さん、ご無沙汰です。どうかしましたか?」
 男は刑事に話しかけていたが、義孝へも親しみのある顔を向けていた。
「残念ながら、何にも無いよ」
 刑事は素っ気なかった。
 男は、山崎からは何も聞き出す事など出来ないのは百も承知だった。だが、素人相手ならお手の物だ。男は義孝に視線を送って、誘い水をした。
「橋田病院の院長を殺害しました」
 義孝が毅然としていたので、男は面食らった。
「えっ?本当ですか……?詳しく聞かせて下さい!」
「未だそうと決まった訳じゃ無いよ。知っている事を話してもらうだけだから……」
 刑事は、驚いている男にでは無く、義孝を制する為に答えた。そして義孝を引き連れ、足早に署へ入って行った。
 男の方は社に戻ると、裏も取らずスクープとばかりに、直ぐさま義孝の自首を取り上げた。

      *

「何でまた、早まった事を……。もう少し待てば、手筈が整ったのに……」
 橋田病院の事件の報道を観て、イズミの祖母が呟いた。
 それを聞いたイズミがミオに「やっぱり事件に関与しているかもしれない。あのヒトならやりかねないよ」と、電話を入れてきた。イズミは冷静だった。腹を決めたのだろうか?以前とは違い、その声には祖母に対する尊敬の念が含まれている様だった。

      *

 マスコミが『橋田院長は殺害されていた。犯人自首』と、スクープとして取り上げたその裏で、実は義孝は逮捕もされず、帰宅させられていた。義孝の供述はあやふやで、もしも院長が殺害されて死亡したとしても、真犯人は別にいると警察は判断した。

 そして、森山庸雄の件に関しては事件当夜の10時過ぎ頃、森山家の庭でバラの枝を切り、新聞紙に包んで庭木戸からこっそり出て行った義孝の姿を、アルバイト帰りの学生が目撃していた。又その直後、義孝を追いかける様に現れた庸雄が残った枝を切り倒している姿も、目撃されていた。月明かりに照らされ、顔もハッキリ見えたという。

 翌朝のニュースでは、『無実の男性が自首をした』と昨夜の誤った速報の汚名返上とばかりに、謝罪と新たな切り口で事件を取り上げた。《中村さん》の制裁を恐れたわけでは無いだろうが、マスコミの対応は誠実で迅速だった。
 分別有る男性が何故そんな嘘をついたのか、その理由に世間の注目が集まった。真犯人をかばっているのかとの憶測もあったが、義孝はインタビューに答え、「橋田病院の実態を世間に知って欲しかった」と発言した。
 すると、義孝から病院の実状を聞いて興味を持ったマスコミが、橋田病院に一斉にメスを入れた。「橋田病院は、患者を虐待する病院」と批判した。
 
 マスコミも、一方的な見解で橋田病院を批判したわけでは無く、病院へも取材要請をしたが、閉鎖的で取材拒否を続け、拉致が明かなかった。
 世論は、「橋田病院は、やましいところが無ければ介護実態を公表すべきだ」と声を上げたが、第三者としては情報開示請求も難しく、どうにもならなかった。
 連日ワイドショーで、橋田病院の疑惑と院長の件について取り上げられたものの、疑惑は疑惑のままで、未だに院長の件に関しては事故か事件かも解明がなされなかった。
 
 この騒動に対し病院側は「これこそ暴力だ」とマスコミ各社を訴えた。
 しかしこの時、マスコミに大きな加勢が現れた。院長殺しの真犯人と名乗る男が「逮捕される前に、真実を語りたい」と言い、カメラの前で会見を開いたのだ。
 TVに映った男の顔は、ミオとイズミが橋田病院で見かけた、車椅子の母親を見舞っていた人物と同じだった。男は思い出す様に、ゆっくりと語り始めた。


      2


「……私は母との二人暮らしで、母は高齢ではありましたが持病も無く元気で、毎日の家事も全てやってくれていました。
 ある日、橋田病院の役員という方が家にやって来て、施設の説明をしてきました。そこは女性高齢者の為の療養型介護医療施設だという事でした。母はまだまだ元気で、全く興味の無い話でした。
 ですがその他に日帰り又は宿泊で、メディカルチェックや治療を受けられるサービスもあるという事でした。母も私も、そんな必要は無いと断りました。掛かり付けのお医者さんも近くに在りましたから。それでも、橋田病院は二十四時間体制で休診日も無いから安心だ。高齢者専用の施設だから、一般的な病院とは違って看護も手厚い。時間もお金も殆んど掛けずに、精密検査を受けられる。先ずは簡単なメディカルチェックだけでも受けてみればどうかと誘われました。
 何度も熱心に勧められているうちに、気が進まないと言う母に、試しに日帰りのメディカルチェックを受けてみたらと、よかれと思って私が行かせてしまったんです。そして検査の結果、血圧と心臓に問題があると言われました。
『長年、信頼できる掛かり付けのお医者さんに診てもらっているけど、一度もそんな事言われた事無いわよ』と、母は訝しがったんですけれど……。
 でも院長が言うには、これは一般の町医者では発見できないレベルだ。しかも自覚症状が表れにくく、気付いたときは症状が進み、手遅れになる場合もあると言うのです。この段階で病気が発見出来たのも、高性能の専門検査機で調べたからだと言うことでした。
 それで、どこの病院で治療しても自由だが、検査資料は渡せないので新しい病院で改めて検査する事になる。だけど他所の病院は検査機機も劣るから病気を発見できないかもしれない。それに再検査を重ねれば費用も掛かるし患者への負担もある。だから、そんな心配が一切要らない『専門の橋田病院に任せなさい』と言われて、治療の為に母は通院する事になりました。
 母は『人はいずれ死ぬ身だし、最先端の治療までする必要は無い。しかも、あんな遠い所に通うのは大変だ』と言いました。
 病気を知ってしまった以上放ってはおけませんので、出来るだけの事をしてあげたいと私は思いました。私は仕事があるので病院への付き添いが出来なかったんですが、橋田病院で治療通院する患者には、病院から送迎サービスを受けられるという事で、家族としては有り難かったですし安心していました。
 ……今思うと、母は病院へ行く度に体調が悪くなって帰ってきていました。院長の説明では『以前から患っていた筈だが、ここ最近になって症状が急に悪化したと思われる』との事でした。そしてある日診察中に倒れて、そのまま入院する事になってしまったんです……。入院当初、具合は悪くても母の意識はしっかりしていました。でも逆に、体調が少し戻ると今度は痴呆の症状が出てしまい、あっという間に私の事も分からない程になってしまったんです。
 仕事で家を空ける私は母の介護が出来ないので、病院でお世話をして頂く事にしました。
 院長は『ここは高齢者専用の充実した施設だから万全な治療が出来る』と言っていたので、信じていたのです……。
 母が不自由なく看て貰える様に入院費とは別に、心付けも渡してお願いしていました。面会に行くと、いつも看護婦さんが母を車椅子に乗せて、部屋から連れて来てくれました。親切に介護して貰っていると思っていたんです。
 それが先日、受付を通さずに突然訪問した時の事でした……。
 あの日は花冷えのする夜でした。それなのに、母が薄い浴衣一枚だけの姿で廊下に車椅子に座っていました……。『どうしてこんな所に?』と近づいてみると、母の両手両足は紐で車椅子に縛られていました。傍には誰もおらず、母は寒い廊下に放置されていたんです……。顔色は血の気が引いて真っ白でした。びっくりして紐を解こうとしましたが、もの凄く堅く結わかれていて、男の私でも容易には解けませんでした。
 しかも……母の両足は椅子の両端のパイプに、股を開かされて縛られていたんです……膝に何も掛けてもらえず……」
 男は声を詰まらせた。
「……手厚い介護をしている様な事を言っておきながら、自分の見ていない所では母がこんな仕打ちを受けていたかと思うと……。直ぐに院長に説明を求めましたが、話をはぐらかして逃げたので追いかけました。階段の途中で追いつき、それでもみ合っているうちに院長は足を滑らせて落ちていきました……。直ぐに自首しようと思いましたが、私がいなくなった後に母がどうなるかと考えると……。すみません……勝手な事だとは思いましたが……。その夜、母を家に連れて帰りました。翌日近所のお医者様に来て頂き、診て貰いました。その後は無表情だった母が笑顔を見せてくれるまでになりましたが、三日前に亡くなりました。母を見送る事が出来たので、自首する事にしました……。お騒がせして、申し訳ありませんでした……」
 男は頭を下げた。警察に向かった男の顔は、心なしか安堵の表情をしている様に見えた。

      *

 男の会見後、病院側は弁護士を立て「殺人者による根も葉もない戯言だ」と述べ、マスコミの取材には応じ無かった。
 そして現段階では、警察が捜査できる範囲は院長の殺害に関してのみで、病院の看護状況については、全貌を暴く事は出来そうに無かった。……何かもっと大きな力が働かないと。


      3


 麻生京子(アソウ キョウコ)は《渡辺はま子》の曲をカセットテープにダビングしていた。最近、サークル仲間に京子と同様《渡辺はま子》を好きな女性がいる事を知り、彼女が持っていないレコードをダビングしてプレゼントする事にしたのだ。今度、リサイタルにも一緒に行く約束をしている。孫のイズミから借りたダブルラジカセという機械を使うと、いとも簡単にテープの中身を複製できる。孫のイズミに言うには、ラジカセというのはラジオとカセットデッキの機能があり、テープは再生と録音が出来る。ダブルラジカセはそのカセット機能が二つあって、カセットテープからカセットテープへの複製が出来るのが画期的だそうだ。何となく想像出来た事だったが「そうみたいね」なんて知った風な返事をしてしまうと、「じゃあ勝手にやればいいじゃん」なんて孫にヘソを曲げられても面倒だったので、「へぇ~」とか「すごいね!」なんて感心してみせる。とりあえず機械を貸してもらい、使い方を教えてもらわなくてはならない手前、下手に出ている。

「お祖母ちゃん、何に使うの?そんなたくさんのカセットテープ」
 孫のイズミが生意気にも訊いてきた。呑気な子だと思っていたけど、少しは頭も回るのかもしれない。京子は「サークルの仲間達にあげるのよ」と答えた。カモフラージュでは無く、本当に仲間への労いのプレゼントだが、ある意味方便だった。ひとつには、仲間達では無く仲間一人にだ。

「ダビングするには、元になるカセットテープには何か入って無いと意味無いんだよ。お祖母ちゃんのカセット、両方とも空でしょ?」
 孫は鋭いことを言っているわけでは無い。『年寄りはわかって無いのね』なんて面白がって優越感を持っているのだ。フンッ、未熟者め!本当に複製したいものは別のテープに入っている。この後ゆっくり取り掛かる予定だ。だから先ずは《渡辺はま子》のテープ作りをする事にしただけだ。
「その場合はね、先ずレコードプレーヤーでLPをかけて一つのテープにレコードの曲をダビングしておくの。プレーヤーとラジカセをこのコードで繋げばOKだからね。カセットに録音できたら、カセットをもう一方に入れて、こっちは再生、こっちは録音でダビング出来るよ」
 知識の無い者相手と思っているのか、孫は得意気だ。
「お祖母ちゃん。いまね、〈ウォークマン〉っていう便利なモノも有るんだよ。カセットデッキよりぜんぜんコンパクトでね、ほぼカセットテープと同じサイズ。お祖母ちゃんがサークルに行くとき、バスの中が手持ちぶさたじゃない?そんな時、それでカセットの中の曲とか聞けるんだよ。イヤホンで聞くから周囲に迷惑かからないよ。歩きながら聴けるから〈ウォークマン〉っていうんだよ。イズミも有れば、英語の発音の勉強とか出来るよね……」
 孫が何やら余計な話をしてきた。孫は普段自分の事を《わたし》と言うのだが、甘えている時は《イズミ》と名前でも言う。本人は自覚して無いらしいが……。何だかおねだりの雰囲気だ。 

『しかし、歩きながら聴けるから〈ウォークマン〉というのはどうだろうか?名前を聞いただけでは商品が連想出来ない。女学校で習ったきりだから、今の英語と違うのかも知れない……。この前行った喫茶店で〈コーヒーフロート〉というのがあって、メニューの写真にはアイスコーヒーにアイスクリームが浮かんでいた。昔流行った洒落た飲み物に、ソーダ水にアイスクリームが浮かんでいる〈クリームソーダ〉というのがあった。そして、これは納得出来る。クリームとソーダだからだ。あんことみつ豆の〈あんみつ〉みたいな事だ。
 だけど〈コーヒーフロート〉とは何であろう?フロートは浮くという意味ではないか?浮いているのはアイスクリームだから、〈クリームフロート〉で良かったのではなかろうか?どうしてもコーヒーを入れたいのならば〈クリームフロートコーヒー〉ではどうだろうか?
 孫に言えばどうせ、そんな長いのメンドクサイと、文句を言うだろう。最近の若い子は、何でも言葉を短くしたがる。新しいものが次から次へと出てくるので、覚えるのには少しでも短い方が良いのかも知れない。
 言葉が長くても短くても、未だよく分からないのは〈β〉と〈VHS〉だ。電化製品に詳しいサークル仲間に最近教えてもらったのだが、どうして2種類有るのかが分からない。大きさが違う事は見れば分かる。息子が学生の頃〈6ミリ〉だとか〈8ミリ〉だとか言って動画の撮れるカメラに凝っていた時代があったが、そんなモノの現代版かも知れない。
 とにかく、画像と音声が同時に撮れる家庭用ビデオカメラというのが出来たおかげで、今回のこの映像が録れたのだ。この録画したビデオテープの複製作業は、映像関係に強いサークル仲間が対応してくれた。この仲間は映画好きで〈風と共に去りぬ〉を何十回も映画館で観たらしい。一本や二本では無い数を複製するのは骨が折れる事だったろうに、手を貸して貰えて有難い。自分は単に音声を録音した物を複製して送れば良いだけだ。造作もないことだ。
 しかも、あの人なんて、あんな危険な事に体を張ってくれたのだ。せめてもの気持ちとして、この前彼女が好きだと言っていた〈渡辺はま子〉のレコードをテープに複製する事なぞ、なんであらん……』

      *

 サークル仲間達は皆、京子に共感していた。
 孫のイズミから橋田病院の状況を聞いた京子は、サークル仲間達を介し、持てる限りのコネクションを駆使した。そして彼女らは水面下で、橋田病院の実態をあぶり出す具体的な策を考えた。
 おかしな事に対しておかしいと唱えないのは、間違った社会を助長させる事になる。大人がそんな社会を作ってしまっては、次世代達に申し訳無い。知ってしまった者には責任が有る。それが仲間達の共通した考えだった。


      4


 四月半ば、ボストンバッグを提げた老婦人が一人、なだらかな長い坂道の途中にある白い建物に入って行った。建物の中に入ると、たたきに緑のスリッパが何足も雑然と出されていた。
 その老婦人は履いていた靴を脱いで備え付けの下駄箱に入れ、スリッパに履き替えると、また直ぐ目の前にある引き戸を開けて中に入って行った。建物の中は薄暗く、消毒液のにおいがしていた。事前に建物内部の様子を聞いておいて良かったと、老婦人は思った。そうでなければ、まるで勝手が分からなかった。1階中央にあるエレベーターを使い。2階の受け付けに行った。
 受け付けはナースセンターと兼用なのか、カウンターの奥にピンク色のナース服を着た若い女性が3人いた。しかし、訪問者の老婦人に気付く気配が全く無かった。

 老婦人はカウンターにボストンバッグを置いて「すみません」と声をかけたが、誰ひとり見向きもしなかった。誰も反応し無い事に驚き、今度は声を張りあげた。すると漸く一人のナースがやって来たが、老婦人が大声を出した事で、逆に老婦人を些かおかしな人だとでも言いたげな目で見てきた。

「あー、小林さんですねー。入居体験、宿泊でのメディカルチェックを希望ですね。入金が未だみたいなので、先に支払いをお願いします。それから後で良いので、これに必要事項を書いて出して下さい」ナースが一枚の用紙を差し出した。
 老婦人がお札を出しながら領収書を頼むと、「領収書?いるんですか?」とナースが面倒臭そうに言って、奥に戻って行った。。あからさまにそんな態度をする若いナースに、老婦人は心底驚いた。『お釣りが返ってきたのが奇跡かも知れない……』
「領収書、今出せないので、後で良いですか?」と、ナースが戻って来て言った。
 ナースが奥に引っ込んだので領収書を書いてきたのかと思いきや、こんな事を言う。予想外の連続で、ここに来て未だ数分にもかかわらず老婦人は随分と時間が経っている様に感じた。
『後で……って、この娘、忘れちゃうんじゃないかしら?それとも後にすれば、こっちが忘れるとでも思っているのかもね?』
 そんな事を思いながら、愛想の欠片も無いナースに連れられ、今日から数日宿泊する部屋へ向かった。案内された部屋は、2階の廊下の一番奥だった。部屋にはベッドが二台置かれていた。
「同室の方はいらっしゃるんですか?」
「いません」素っ気無い返事だ。「ドアは就寝時以外は開けておいてください。それから、院内ではこれを着てください」
 ナースはそう言って、ベッドの上を指差した。
 そこには薄手の浴衣と紙製のパンツが置いてあった。
「浴衣一枚じゃ寒いんですけど、何か羽織る物は無いですか?」
「無いですね」
「皆さん、寒い時はどうされているんですか?」
「院内は適温になっているので、平気です」
 ナースの返事は抑揚も無く、愛想も無い。
『平気かどうかはこっちが決めることで、あなたが判断する事では無いのよ』と、老婦人は思いながら、しっかりカーディガンを着込んでいるナースを見つめた。
「着替えたら受け付けに来てください」
 事務的に言うと、ナースは部屋を出て行った。

      *

 小林は、現役時代には婦長も勤めたベテランナースだった。ここのピンク色のナース姿のムスメ達の対応に怒りと不信感を抱かずにはおられなかったが、今は感情より自分の役割を最優先する事を忘れていなかった。自分本来の性格は殺して、気の良い従順な老婦人を演じるのだ。小林は部屋を見渡し、ベッド脇の小机の上にボストンバッグを置いた。そして中から小さな手提げカバンを取り出した。それから仕方無く浴衣に着替えた。浴衣の下には厚手の下着を着込んだ。小林は部屋を出て、受け付けへ向かいながら廊下の両側の部屋を覗いた。行きと同様、全ての部屋には誰もいなかった。昼時だから、恐らく皆、食堂にいるのだろう。

      *

 小林は受け付けに戻ると、カウンターに手提げカバンを置いた。先程と同様、小林が何度か呼び掛けて漸く、ナースが一人やって来た。
「小林さんですね。では診察しますから、あちらの部屋へ行ってください」
 ナースはそう言って《診察室》と書かれたプレートの貼ってある部屋へ、小林を先導した。このナースは通常の白衣の看護服を着ていた。ナースキャップにブルーラインが有るので、婦長である様だ。年齢的にもそれなりのキャリアがありそうだった。

 そこは診察室といっても偽りの無い部屋であった。しかし医者は居らず、代わりに白衣のナースが血圧を測り、採血しただけだった。
「後で院長から検査結果をお伝えします」
 白衣のナースがぶっきらぼうに言った。
「これだけですか?」
 人間ドックの様な検査を想像していたのが、名ばかりの診察もどきに驚いた小林が、思わず口走った。
 この言葉に白衣のナースが腹を立てたのか「小林さん、随分下着を着込んでいますね。寒いんですか?風邪かもしれませんね。もしかすると何か重篤な病気が潜んでいるかもしれませんから、院長に伝えておきます。後で院長と話をしてください」と、威圧的に脅かしてきた。
『勝手に病気にされたんじゃ堪ったもんじゃない』
 小林は言いたい事がたくさんあったが、任務の為に黙っていた。しかも相手がそれなりにベテランだと、こちらが同業者だった事に気付かれてしまう恐れがある。そうなると、向こうが警戒しかねない……。
 小林が黙った事で、ナースは満足した様だった。
「昼食の時間は終わっています。3時におやつが出ますから食堂に来てください。時間に遅れないでください」
 ナースは横柄な態度で言うと、追い立てる様に診察室から小林を退室させた。
 小林は一旦部屋へ戻った。手提げカバンを小机に置こうとした時、ボストンバッグの位置が少しずれている気がした。誰かが触ったのかも知れないが、バッグは施錠されているので、開ける事は出来なかった様だ。小林はバッグを持って、その重さで中身が無事である事を確認した。小林はベッドに腰掛け、先程渡された用紙に目を通した。療養介護を受けるにあたってのアンケートの様だったが、結局はお金に関する事ばかりだった。
 [治療費は誰が払うか?][月に幾ら位までの医療行為を受けたいか?][治療介護に年金・預貯金を充てたいか?]といった様な内容だった。用紙の一番上には[アンケート]と書かれていて、一番下には住所・氏名の記載欄と捺印箇所がある。用紙を裏返すと[申込用紙]と記載がある。
『こんなもの、簡単に書けたもんじゃない!用紙の上部を切って[アンケート]の記載を無くしてしまえば、このまま申込用紙になってしまうではないか!』
 小林は用紙をボストンバッグにしまい、またしっかりと施錠した。

 3時迄は未だかなり時間があった。部屋には未だ誰も戻って来そうにない。小林は庭に出てみようと、1階へ降りた。庭へ出るには、エレベーター横にある扉が唯一の出入り口だった。ドアノブを回してみたが、カギが掛かっていて動かなかった。
「何をしているんですか!」
突然後ろから怒声が聞こえた。振り替えると先程の白衣のナースが仁王立ちしていた。
「お庭を散策しようと思いまして……。ここから出入り出来るんですよね?でもカギが掛かってまして……。開けていただけますか?」
「時間外は出る事は出来ません」
「何時なら良いんでしょうか?」
「時間外で無くても、体調を院長が判断して許可が出た者でなければ、庭へは出られません!」
 ナースは高圧的だ。
『結局、庭へは出られない……って事ですか……』小林はこの言葉を飲み込み「そうですか……」と言って、素直にその場を離れた。
 2階へ戻り、ナースセンターを覗いて見たが、誰もいなかった。部屋へ戻ろうとエレベーターの先の廊下を進んだところで、各部屋に老婦人達の姿を見つけた。どうやら昼食から戻って来たようだ。全て二人部屋だったが、会話をしている人は誰もいなかった。ベッドに腰掛けたり、布団に潜ってしまった人が殆どで、皆、暇を持て余しているみたいだ。本もテレビも無い部屋だから退屈だろう……。

 小林がある部屋を覗いた時、一人の老婦人と目が合った。人懐こそうな瞳で会釈をしてきたので、小林も返した。その老婦人は静かに部屋から出て来て、小林に話しかけた。
「新しく入られた方ですか?」
「宿泊体験でメディカルチェックを受けに来たんです」
「そうですか……。では、直ぐに帰られるのですね……」
 老婦人の言葉には、寂しさと羨望があった。

「私の部屋で少し話しませんか?一番奥の部屋だし、私一人だけですから」
 小林は、ナースの目が無い今なら話を訊けそうだと思った。小林の誘いに、老婦人は笑顔で頷いた。

      *

「お茶とお茶菓子を持ってきたんですよ。お湯はもらえるんでしょうか?」
「向こうに給湯室があるので、使っても良いと思います」

 小林は持参した紙コップにティーバッグを入れ、湯沸し器からお湯を注いで部屋に戻った。テーブルが無いのでボストンバッグをベッドに置いて、小机を手前に引っ張り出し、その上にお茶とお茶菓子……かんぴょう巻きに一口サイズの海苔巻き煎餅とざらめ煎餅……を置いた。
「勝手が分からないので、念のため持ってきたんですよ。よろしければどうぞ」
「まあ!嬉しい。こんな風に人とお話しするのは久し振りです。看護婦さん達は今食事中だから、大丈夫です。遠慮なく頂きます」
「こちらには長いこといらっしゃるんですか?」
「そうですねぇ……。3年位でしょうか……」
 老婦人が、ここでの暮らしを語り始めた。小林は手提げカバンを膝の上に置き、話を聞く態勢をとった。


      5


 橋田病院では、一切の私物を持つ事は認められていなかった。お金は、持っていたとしても使い道が無い。売店どころか自動販売機一台無いからだ。年金や預貯金の管理は実質、病院に握られていた。部屋には娯楽になる物は無く、受け付け近くの通路の天井付近に一台だけ小さなTVが配置されていたが、狭いスペースで椅子も無い場所なので、これでは「見るな」と言っているに等しい。少し先に、ちょっとホールになった様なスペースが有るので、せめてそこにでも置けば良いようなものだが。
 
 食事は朝昼晩の三食だが、量が少なく栄養的に健康基準を満たして無い。3時におやつの時間が有るが、これで補えるものではない。病院設立にあたり行政の認可を得る為、小さなホールの様なスペースが有るが、そこで健康管理の為のラジオ体操の様なものをさせる事も無かった。散歩もさせてもらえず、体力作りが出来る環境では無かった。これを続けていれば衰弱していく状況だ。定期的な検診は無く、毎晩食後に個々に処方された薬を飲まされる。

 私語は禁止されていた。お喋りをすると、ナースが飛んで来て叱りつけられた。笑い声を上げる事など、とんでもない事だった。独り小さな声で鼻歌を歌っても、見つかれば叱責される。

 ナース含め、職員達の態度がとても悪い。愛想が無いとか気働きが無いという次元では無く、おとなしく無抵抗な老人に対する肉体的、精神的な苛めをするのだ。動作の遅い者には体をド突いたり、罵声を浴びせたりする。ひとが良さそうな者へはバカにした態度をとり、何か尋ねると鼻でせせら笑うだけで質問には答えないという侮辱行為をする。
 そのくせ面会者が訪れた時は「ご家族の方がお見えになりましたよ~。良かったですね~」と、面会者の前でだけ猫なで声を出す。
 
 こういった状況に対して、言い返したり文句を唱える者は滅多にいないという。何故なら、その後その人達は必ずもっと酷い目に合わせられるからだ。皆の前で見せしめの様に苛め抜かれたり、体調が急激に悪くなったりしてしまうのだ。それで今ここにいる老婦人達は皆、毎日を黙ってただ静かに過ごしていた。

      *

 小林と話をしていた老婦人の瞳に突然、怯えた色が浮かんだ。そちらを見やると、若いナースが部屋の入り口に立っていた。小机の上を見て「何やってるんですか!」と怒鳴り声を上げた。
「お茶に誘ったんです」と小林が答えると、「勝手なことしないでください!」とナースがヒステリックに叫んだ。
「あなたも部屋へ戻って!」
 怒鳴られた老婦人は大慌てで出て行った。
「小林さん!いくら体験入院だからって、勝手な事をし過ぎです!他の方に迷惑ですよ!」
 ナースがギャンギャン言うのが鬱陶しくなった小林は、話を変えてみた。
「私、寝る前に布団に入って読書をするのが一日の最後の楽しみなんですけど、ここスタンドは無いんですか?」
「そんな物無いです。皆、夜は直ぐに寝るんですよ。小林さんみたいにワガママは言いませんよ!不眠症なら先生に相談してください。院長先生がいらっしゃったんで、診察室に行ってください」
 ナースは小林に呆れたといった様に、大げさに首を横に振って出て行った。
『何なの?あの人をバカにした態度は!?今どきの若いナースときたら、敬語もまともに使えやしないで!なにが[院長先生がいらっしゃいました]だ!……まったく、こっちが呆れるわよ!……領収書も未だ持って来ないし……』
 小林は気持ちを切り替え、ボストンバッグを持って診察室へ向かった。

 診察室に入ると、婦長らしきナースと、院長と名乗る白衣を着た年配の男がいた。
「小林さん、検査結果を拝見しましたが血圧が大分高いですね。それから、心臓に少し気になる結果が出ました。おそらく、自覚症状が無くて気にされた事も無いでしょうけれど、放っておくと恐いですよ」
 そう言って院長は触診を始めたが、必要以上に胸や首筋を触ってくる。触り方が気持ち悪い。いやらしい目つきで小林を見て、反応を窺っている。
「ヘックション!!」
 小林はわざと院長の顔目掛けてくしゃみをした。院長は不快な顔をして小林の体から手を放した。
「すみません。私アレルギーなんです。この季節、くしゃみが出るんです」
「じゃあ、薬を出しますから夕食後飲んでください」
 院長はやる気が失せた様で、早々に切り上げた。この一部始終を、婦長らしきナースが抜け目無く見ていた。
 小林は部屋へ戻りながらも、不快な思いで一杯だった。
『どうやらあの院長、人を見て、おとなしい老婦人には卑猥な行為をしている可能性がありそうだ。それに血圧測定と採血だけで、テキトウな病気に仕立てるのだからいい加減だ。しかも院内であんなにオーデコロンをつけなくてもいいだろうに、気持ち悪いオヤジだよ……』

 小林は、ここを私的に訪れていたならとっくに出て行っていただろう。全ては潜入捜査の為だった。小林は所蔵しているサークルから、橋田病院の不適切な老人介護状況の話を耳にした。サークルによる捜査が開始される事を知り、この任務に自ら名乗りを上げた。危険な任務だが、自分の長年の病院勤務の経験から、不適当な事柄が有れば直ぐに分かるし、用心するポイントも心得ていた。健康、体力にも自信があったからだ。
 小林は病院で出された薬を全て持ち帰り、サークル経由で専門家に内容物を調べさせた。その結果、睡眠薬と血圧を下げる薬で、小林には不要な薬である事がわかった。
 恐らく、睡眠薬は入院している老婦人全てに飲ましているだろう。老婦人達を早くぐっすり眠らせてしまえば病院は楽だからだ。血圧を下げる薬については、小林にとって危険な物だった。血圧の高い者になら薬でも、小林の様に不要な者には命取りにもなりかねない物だ。

 潜入捜査で一番の恐怖は夜だった。
ある程度予測していた事だったので、小林は初日、寝た振りをして様子をうかがった。深夜、皆が寝静まった頃、部屋に若いナースが入って来た。大抵の病院でもこの時間帯にナースによる見回りがある。患者に異変が無いかを確認する為だ。
 見回りのナースは、小林がぐっすり寝ていると思ったのか、ベッド脇の小机にある引き出しを開け、中を漁り始めた。そしてそっと引き出しを閉めると、こっそりと部屋を出て行った。
 翌朝小林が引き出しの中を確認すると、入れておいた螺鈿細工の手鏡が無くなっていた。その事をナースに告げると、「そんな物は最初から無かったですよ。お婆ちゃんの勘違いですよ」と言って誤魔化し、睨みつけてきた。
 二日目の夜、小林は睡魔に負けて寝てしまった。そして、自分の腕が持ち上げられた感覚で目を覚ました。目を開けると、自分の腕に注射をうとうとしている手が見えた。小林は直ぐには声が出ず、必死で腕を引っ込めた。室内は暗く、顔は分からなかったが「大丈夫ですか?大きな声で寝言を言っていましたよ……」と言った人物の白い看護服が廊下に消えて行った。

      *

 潜入捜査はもう一晩予定していたが、面会役として訪問したサークル仲間が小林から昨夜の出来事を聞き、捜査の切り上げを決めた。小林は当初の予定通り続けると言ったが、サークルはそれをさせなかった。病院側は小林の一日早い退院をひどく拒み一悶着起きた。対応したナースが、「病気が見つかったのに入院治療を受けずに帰るというなら、命の保証はしない」と威嚇してきた。それでも帰ると言うと、先払いした費用の返金は請求しないという事で話が着いたが、やはり領収書は出してこなかった。

 この全ての出来事は、ビデオの動画とカセットテープに記録されていた。小林のボストンバッグにはビデオカメラ、手提げカバンには録音機が仕込まれていたのだ。サークル仲間達がそのテープをダビングしてあらゆるメディアと省庁に送った。
 これらは、橋田病院の介護実態の確証となる物で、マスコミ各社が報道し、広く国民の知る事となった。このテープがマスコミの手に渡ったのは、院長の死亡で男が自首会見をした数日後だった為、世間は、図らずとも加害者となってしまった男に対し同情した。院長が死亡したのがこの潜入捜査の数日後であり、テープは、生前の院長と病院の実態を把握出来るものとなり、裁判でも重要な証拠になるものだった。
 小林の録ったテープは数本あり、橋田病院の介護状況の酷さの実態が記録されていたが、その中の一本に、世間を更に騒がせる驚愕の事実が語られているものがあった。


      6


「……その方は、去年の夏頃に息子さんとお嫁さんに連れられてやって来ました。自分で歩いておられて、お元気そうでした。受け付けの前で話をされていまして……。
 その方は『なあに、こんな所に連れて来て……足だってもう治っているのよ。家に帰して頂戴よ。まさかここに捨てて行くんじゃ無いでしょうね』と、おっしゃっていました。そのご高齢の女性は、冗談目かしている風にされていましたが、怒っているような……怯えている様な感じでした。
 そうするとお嫁さんが『ちょっと検査をするだけで直ぐに帰れるじゃない』と笑って答えたんです。でもその顔が凄く恐くて、私は身震いしました。底意地の悪そうな顔つきでした。
 その後、三人で診察室に入って行かれました。ドアが開けっ放なしだったので、中のやり取りは丸見えでした。その方は、院長からの質問にすらすらと答えていました。でも院長は『ところどころ、ろれつが回っていませんね。入院して様子を見ましょう』と言いました。普通なら『おかしなところは無かった』と、家族なら院長に異議を言うでしょうが、その息子さんは、院長と顔を見合わせてニヤっと笑ったんです……。
 息子さんは姥捨てしたんです。親が邪魔で、ここへ連れて来たんだと察しました。
 その方は活力が有る方だとお見受けしましたが、ここに入れられて動く自由と話す自由を奪われてからは、みるみるうちに元気が無くなっていくのがわかりました。……他に何をされたかはわかりませんが、三ヶ月程で亡くなられました。でも、亡くなった時の様子は存じ上げません。この病院では、こちらの部屋で亡くなる方はいないんです。高齢者の場合、朝家族が気付いたら布団の中で亡くなっていたなんていう事も有るとは思いますが、ここではそういう事はありません。深夜突然という事もありません。尤も、夜はぐっすり眠ってしまうので、よくは分かりませんけれど……。院長や看護婦さん達が慌てて対応する様な事は起こりません。
 亡くなられる方は皆、日中具合が悪くなり、エレベーターで3階に運ばれます。3階は、痴
呆症がある方で歩けない人達の部屋なんです。面会者が来た時に看護婦さんが車椅子に載せて2階まで連れて行きます。
 我々は3階へは立ち入り禁止で、階段は塞がれているし、エレベーターもカギが無いと3階へは行けない様になっているんです。姥捨てする人は時々います。そういう方のお母樣が亡くなられた時、家族の方が3階に行かれて、そから笑い声が聞こえてくると……切ないです。
 私は、独り暮らしに不便は無かったんですけれど『ずっと独りでは大変な事も有るでしょ。もしもの時の事を心配しないで良いんですよ』と、橋田病院の方が家に来て、病院の説明をしてきました。主人が亡くなって、子供のいない私は、体が思うようにいかなくなった時の事を考えてここに入りました。年金は勿論、財産全てをこの病院に握られていますし……。ここからはもう、出られません。この病院が私の年金を必要としている間は、恐らく私は生きていられるとは思いますけれど……」

      *

 病院側は「痴呆老人の戯言だ」と、この録音された話に異議を唱えた。
 しかし、一人のタクシー運転手がワイドショーで発言し、この老婦人の話の信憑性は確かなものになった。
「私は病院の最寄り駅で人待ちしている事が多いんです。この前『病院の事で知っている事が有るなら、それを皆に伝えて欲しい』と、ある若者に言われましてね……」
 その運転手は、橋田病院への行き来でタクシーを利用している人達の会話を語った。その内容はテープに録音されていた老婦人の話を裏付ける事になった。その中の一つに、こんな話もあった。去年の夏頃、老婦人が息子とその嫁に連れられてタクシーに乗ってきた。老婦人は、足はもう大丈夫だ。検査で入院なんて必要無い。アメリカから帰ってくる孫と一緒に住むことにしたから、自分の事は心配無いと言っていた。そして、庭の事も気にかけていたと……。その帰り、今度はその息子と嫁だけだったが、母親を厄介払い出来て喜んでいたそうだ。


      7


 橋田病院では、身寄りが無く年金や資産のある老人からは、お金が取れる限りは生かさず殺さずの長期入院をさせていた。また、姥捨てを希望する家族があれば、その老母が健常であっても病気がだと言って入院させた。家族と医者が結託して、老母には『検査入院だから直ぐに帰れる』等と言って丸め込んでいた。そういう老婦人は忽ち体調を崩し、間も無く痴呆の症状が現れ、あっという間に歩行も出来無くなる。その後は、家族の都合に合わせたかの様なタイミングで亡くなっていく。家族は老婆に死んで欲しいのだから、死因が不自然であろうと文句をつけない。それが、病院の実態が表沙汰にならなかった理由だろう。死亡診断書も、家族にとって都合良い内容を病院が作成し、その見返りの報酬をもらっていた。
 橋田病院の実態は、殺人であり略奪であった。

      *

 マスコミ各社に送られたテープが発端となり、警察他、当局の動くところとなった。病院運営者及び関係者には相応の処分がくだる事になり、病院自体も運営不適切という事で廃業となるだろう。だがそうなると問題なのは、現在橋田病院にいる老婦人達だ。病院が無くなれば、何処へ行けば良いのか?新たな受け入れ先を探さなければならない。

 しかし、この点でもイズミの祖母達が先手を打っていた。サークル仲間内で《シンクタンク》と異名を持つ切れ者の男性がいる。今回この男性は、いずれ橋田病院が廃業になる事を見越し、自身の持つ広いコネクションの中から、誠実な運営が出来る病院の引き取り先を既に探し出していた。それは、一代で大手外食チェーンを展開している青年実業家だった。人柄の良さと、きれいに稼ぐその手腕は業界内外でも注目されていた。TVのコメンテーターとしてもお茶の間に顔が知られている。福祉事業への援助もしており、今後も医師や病院関係者の協力を充分に得られる人物である為、適任だった。既に運営申請を出しており、認可も間も無い状況であった。これについては秘密裏に進行していたのだが、嗅覚の鋭いマスコミがこの事を嗅ぎつけ、直ぐさま各メディアによって報道された。
 新運営者は混乱を避ける為に記者会見を開いた。記者会見の様子は、各TV番組でリアルタイムで放送された。

      *

「……では社長、政界への進出が噂されていた事については、実際はどうなんでしょうか?」
「そうですね……。正直言うと、少し前までは多少興味もありましたが、この施設の話を聞いた際、先ず自分のやるべき事は身近な人々を幸せにする事だと思いました。これまで日本の為にご苦労頂いた高齢の方々が、長生きして良かったと思っていただける場所を作る事で恩返しをしたいと思います。実は行政当局のご理解による特例処置で、既に食事と検査治療については私の運営チームが関与しており、施設の生活は改善されております。楽しいイベントも考えております。笑って時を過ごして頂ける施設にする事を、みな様にお約束します」
「金銭的負担が増える事は無いんですか?」
「全く心配ありません。飲食、医療その他においても自社ブランドや盤石なコネクションがあります。状況を改善した事でお金が掛かる事は無いです。以前の運営者は略取が目的だったわけで、それと同じにしないで頂きたい。私はビジネスにプライドを持っています。私の運営なら、寧ろ費用は以前よりも掛かりません。その分、お小遣いにして自由に楽しんで頂けますよ」
「お話を伺い、喜ばしく思います。
 しかし社長、今回病院の問題が発覚してから社長が運営にあたる迄の期間が、とても短かったのですが、こんなに速く事が運んだのには、何か裏で情報が入っていたという事でしょうか?」
「そうですか?速かったですか?マネジメントの世界では普通ですよ……」
「水面下で何か大規模なモノが動いたという噂があって、それは、日本にも秘密結社が存在し、そういった組織が関与したとも言われていています。それで、社長もメンバーの一人だという事ですが、本当ですか?」
「ウワサでしょう」
 爽やかに笑いながら、青年実業家は記者会見を終えた。

 イズミの祖母はこの記者会見を観て、「しっかり頼みますよ」と満足気に呟いた。

 イズミの予感は当たっていた。祖母達は裏で大きな事をやっていたのだ。しかしその事は、多くの人と同様にミオもイズミも知る事は無かった。
 
「……じゃあ、イズミのお祖母ちゃんのサークルって、世界と繋がっているって事?想像以上に凄いサークルなんだね……マージャン好きの……。まさか秘密結社じゃないよね?」
 ミオが冗談で言ったのだが、「シーッ!声が大きいよ!」とイズミが制した。「秘密を知った者が無事でいられると思っているの!?ミオも私も消されるかもしれないよ!」
「そんなバカな……。いくらなんでも自分の孫を?」
「あのヒトならやりかねないよ……」
 イズミは変な自信を持っていた。
『まったく……イズミもとんだロマンティストだな』とミオは思った。そしてふと『……誰かが橋田病院の実態を暴く計画を立てていた……もしも義孝がその計画を知っていたなら、義孝はあんな早まった事をしなかったのでは無かっただろうか?』と思った。
 だが、義孝には早まる理由があったのだ。

      *

 義孝は末期の胃ガンで、余命幾許も無かった。その事はヨコハマに戻る前から、義孝も富士子も知っていた。引っ越して来たら、残された時間を大好きなヨコハマの港を見て過ごしたいと思っていた。森山美貴子にも恩返しをしたいと思っていた。
 満足のいく時間を過ごせたのだろうか?義孝は、橋田病院の終結を見届けると、スッと逝ってしまった。富士子は覚悟が出来ていたのか、通夜でも葬儀でも涙を見せなかった。
「主人はヤギちゃんに甥御さんが出来た事を、我が事の様に喜んでおりました。とても嬉しそうでした。それに、痛みに苦しむ事も無く、穏やかな最期でした。幸福な人生だったと言っていました。ミオちゃんやヤギちゃんとお喋りして、楽しい時間が過ごせたと言って感謝していました。本当にどうもありがとう」
 富士子は微笑みを見せた。

*******第七章 に つづく********

第六章お読み頂き、ありがとうございます。 

次はいよいよ最終章。
物語の結末は、皆様にとって意外なものとなるでしょうか?

第七章もお読み頂ければ幸いです。

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